「繁華街」が気になる夜。

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ふと、「繁華街」という文字面が気になったのだった。

シャンプーしながら。

「繁華街」

繁も
華も
街も

それ単体では、賑わい、楽しさを連想させる字で、
だから繁華街は紛れもなく、
賑わい、楽しい、場所であるのだろうけれど。

「繁華街」
と聞くと、
わたしはどうしてだか、
寂しさを感じるのだ。

辞書などの定義をまとめると
「商店街、商業施設が立ち並び、人出が多く賑わっているところ」。

人が出てくる場所


人が出てくる場所ってことはさすらいの動線上にあって揺らいでいるということか。

揺らぎの心地よさと
揺らぎの不安定さとを
持つ場所

その人には帰る場所があるから、用が済んだら帰る
祭の後のようなさびしさを残して

その人には帰る場所がないから、しばらくそこに居る
さびしさを持ち寄って

わたしはどうやら
そのさびしさの方に意識がいくようで

そうして今、この時世にあって
繁華街は
繁華街の看板を掲げたまま
ただそこにいて。

いつか来る、どこから来るかわからない、その人を待っている。

建物があって
人出がないその街で

今、繁華街にあるさびしさはは、
揺らぎ
のような、
人の生きる儚さのようなさびしさではない、底知れぬさびしさ。

人の生を超えたものへの、恐怖のような感覚。

繁華街が
繁華街のあるべきさびしさを取り戻す日を
祈っている人がいる
闘っている人がいる
待っている人がいる、んだろうな、なんてことを

ただ、
気にする夜なのだった。

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