時間はつくるもの、なのか。

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何かと忙しい日常のなかで、
何かやりたい、本を読みたい、寝たい、ショッピングに出かけたい、家をきれいにしたい・・・
でも一つも何もできなくて。

というような状況(常時か)のとき、
「時間はつくるもの」といわれることは多いけれど、
そう簡単にはいかないものだよなぁ。

「時間はつくるもの」といわれると、
「時間をつくらなくっちゃ」という気になったりもするが、
結局のところ、それが目的化してしまう感じがあって、
うまくいかないものである。

時間をつくることが目的なのではなく、
何かの目的のために時間をつくるのだから、
その目的が、時間をつくるほどに緊急で重要ではないと、
自分という生き物はなかなかそうは動かない。

24時間の時間割を、何にどう分配するのか?という優先順位の話だから、
本を読むにしろ、寝るにしろ、買い物に出かけるにしろ、家を整理整頓するにしろ、
ランキング上位に来ない分には、まとまった時間にはならないのだ。

語学学習や健康づくりの文脈で、
1日10分!とか、
すごく効率的!そのくらいならできるよね、やるべきだよね!
と思っても、
実際は、あんまりできない、続かない・・・のは、
ランキングが低いからなのである。

ただ、ランキング上位というのは、
「生きるため、暮らすため」に必要な事柄なので、そうそう入れ替えは起こらない。

10分の腹筋に変えてでも、ぼーっとする時間は生きるために不可欠だったりするわけで・・・

しかし、
それは本当に「生きるため、暮らすため」に超重要なのか?
ということを考えてみること。
自分が思い込んでいるだけではないか?

「生きるため、暮らすため」を「〜たい」とつなげることは、もはや不可能なのか?
ということを考えてみること。
ずっと若い頃は、努力していた気がする。
でも今以上に、そういう「欠乏感」を感じていなかったかもしれない。
ないものねだりなのか。それ自体が老いなのか。

とかなんとかいうエントリーを、
「本来だったら掃除機をかけるべき(とわたしが思っている)時間」にしたためてみる。

優先順位を壊しにかかったときに、何が起こるのか、の、実験。

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